発達の最近接領

【臨床心理士からのコメント】
学習を考える上での理論として、1920年代に活躍した旧ソビエトの心理学者のヴィゴツキーの概念に「発達の最近接領」があります。これは、「すでに自分ひとりでできる活動」と「今は他者の力を借りることで乗り越えられる領域」のズレを指します。
これは、保育の場面でもイメージしやすいのではないでしょうか。

例えば、鉄棒で「逆上がり」に挑戦している子がいたとします。一人では、「グルッと回ることができず、鉄棒まで届かず足が宙に浮いてしまう状態」だとしても、「保育者が宙に浮いた足を少し支えることで、グルッと回ることができる」とします。
この場合、「すでに自分ひとりでできる活動」は、「鉄棒まであと少しで届く」であり、「今は他者の力を借りることで乗り越えられる領域」は、「保育者が宙に浮いた足を少し支えることで、グルッと回ることができる」にあたるのではないでしょうか。

保育者は個々の「すでに自分ひとりでできる活動」と「今は他者の力を借りることで乗り越えられる領域」のズレ、つまり「発達の最近接領」を見極めて、子どもが乗り越えられる、新たな経験ができる手助けをすることが支援となります。

これは、「特性をもった子」の支援にもつながります。
例えば、こんなエピソードがあります。
3歳児のT君は、感覚過敏が少しあり、園でつける名札を嫌がっていました。しばらく様子を見て、1ヶ月ぐらいたった日、その1ヶ月のT君の成長を踏まえ、保育者は、名札を付けることは、「他者の力を借りることで乗り越えられる領域」と見極め、名札を付けました。その後のT君の様子を見ていると、名札を付けたT君は、園庭で座り込み、少し涙を浮かべていました。「まだ、早かったかな」と保育者は思い、T君の名札を外そうと考えたのですが、その時に、同じクラスのAちゃんが、座り込み涙を浮かべているT君の前にしゃがんで、T君の両手を「ギュッ」と握ったのです。そうすると、T君は自分で帽子をかぶり、園庭で遊び始めました。

このエピソードでは、子どもの様子をしっつかりと知っている保育者が、「大丈夫かな」と感じ、T君に名札をつけました。そして、偶然かもしれませんが、そこに同じクラスのAちゃんが来て、T君の気持ちを理解したかのように手を「ギュッ」と握りました。これが、T君にとって、「今は他者の力を借りることで乗り越えられる領域」の支援につながり、自分で帽子をかぶり、気持ちを切り替えて、元気に園庭で遊び始めたことにつながっているように感じます。
これは偶然の支援かもしれませんが、このようなエピソードの背景には、T君に対する保育者の理解、そして、今回のテーマでもある「発達の最近接領」もあるような気がします。